大学院で過ごす時間。それは、人生に於いて最も決定的な時期です。
2010年4月12日日本武道館に於ける
東京大学大学院入学式での祝辞。 小林久志のブログより
皆さんご存知の様に、日本は第二次大戦後30年足らずで、経済大国にまで伸し上がりました。然しこの20年間、丁度、皆さんが生まれてきた頃から今日に至るまで、日本の経済は停滞し続け、世界の先進国の中でも経済成長率が一番低い状態にあります。情報産業、特にソフトウエアなどの分野では、米国に大きく差を付けられ、日本が得意であった製造業や素材産業でも、台湾、韓国、中国に追い付かれ、或る分野では追い越されています。何故でしょうか? 皆さんは、この問題を深く考えたことがありますか?
私も日本人の一人として、この問題に関し、最近友人達や有識者の方達と意見を交わし、又多くの関連記事や論説にも目を通しました。人によって答えは様々で、色々な理由や言い訳を聞きます.しかし、大変失礼な発言になるかとは思いますが、私は我が国のリーダー達の多くが、残念ながら力量不足で、今日のグローバルな世界で競争する為に必要な知識、洞察力、英語能力に欠けていることが大きな要因だと思います。インターネットの拡大と工業製品のデイジタル化、そして新興工業国としてのアジア諸国やインドの台頭に伴い、製品開発、設計、製造から販売までグローバル・ビジネスの展開の仕方が20年前とは根本的に変わってきています。このパラダイム・シフトに対応し、有効な戦略を立てるべき日本の経営陣と彼らのスタッフの中に、国際的に活躍した経験や、諸外国のリーダー達との人的繋がりを持ち、直接コミュニケート出来る人材の少ない事が、我が国が苦境に立たされている、大きな要因であると思います。
そして、これまでの日本の大学に於ける教育や組織にも責任があると思います。ご両親達も含めて会場の皆様方への質問ですが、アイヴァン・ホールという人が1998年に出版した「知の鎖国:外国人を排除する日本の知識人産業」という本[1]を読まれた方、或いは、話題になったのをご記憶の方は、挙手を願います。私の 予想通り、ホール氏の本は日本の知識人達には残念ながら余り知られていないようですね。 同氏はプリンストン大学の歴史学科で修士号、ハーバード大学で日本研究に関する論文で博士号を取られた後、日本に35年間滞在され、幾つかの日本の大学でも教えられた親日派の学者、評論家であります。しかし、その著書で彼は日本の大学が外国人学者に対しいかに排他的であるかを、鋭く指摘しております。12年経った今日も実情は余り進展していないと思います。英語版も日本語版も未だに手に入りますから、是非読んで頂きたいと思います。
確かに、私が学生であった頃に比べれば、先ほど挙手をして頂いてご覧になったように、多数の優秀な外国人留学生が見受けられ、日本の大学の国際化は進展したかのように見えます。しかし、本質的な国際化は遅々として進んでいないのです [2]。世界一流の研究者、教育者を積極的に引き込む事はせず、お互いに似たバックグラウンドと同じ価値観を持つ日本人学者のみで固め、その結果、大学の活力、創造力、国際的競争力の高揚に向けた努力が充分なされてはおりません。これでは当然,高度な知識が要求される産業で諸外国と競争、或いは協力が出来る創造的な人材を輩出したり、将来日本のリーダーに欠かせぬ国際的な視野と優れたコミュニケーション・スキルを有する人材を育成することは出来ません。
日本のプロ野球やサッカーのチームは、優れた外国人選手や、監督をリクルートし、日本の国技と言われる相撲ですら、多数の外国人力士が活躍している事は、皆さんご存知の通りです。ヴァンクーバーで行われた冬季オリンピックのフィギュア・スケートでメダルを獲得した中国、韓国、日本の選手達の多くは、優れた外国人コーチの指導を受けて育ったのです。 同様な事が、何故日本の大学では行われないのでしょうか?
自然科学、医学、経済学、文学の分野でオリンピックの金メダルに相当するのはノーベル賞でしょう。国別で見ますと[3]、日本は、国籍を米国に移された方二人を含めても、これまで総計16人、一位米国の320人の20分の1、世界で12位となっています。ノーベル財団のウェブ・サイトには大学別の統計表も載っています[4]。京都大学が二人、東大、名古屋大学、旧東京教育大学、筑波大学、京都産業大学がそれぞれ一名です。この統計は、各受賞者が受賞の時点で現職の教授・研究者として所属していた大学名で仕分けした結果です。米国のハーバード大学は24のノーベル賞を獲得しており、教授の数がたった800人余りのプリンストン大学も11のノーベル賞を得ています。この統計で世界でトップ10大学の中、英国ケンブリッジ大学の他はすべて米国の大学です。勿論、ノーベル賞だけで大学の価値や強さを測る事はできません。然し、世界の中で最も優れた大学が圧倒的に米国に集中している事は疑いの余地がありません。これは米国の大学と社会が優秀な人間を分け隔てなく迎え入れ、活躍の機会を与えるので、優秀な研究者が世界中から集まってくるからです。
それでは、皆さんは何をすべきなのでしょうか? 今日から東大で過ごす二年間或いは三年間は、あなた方の人生に於いて最も決定的な時期になると思います。あなた方は人生で何を本当にしたいのかを決め、それに向けての計画を入念に立て、貴重な時間を賢く費やし、東大での経験を次の大きなジャンプへの跳躍台にして欲しいと思います。
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