2008年4月16日 (水)

Q.基金の活用はなぜ必要なのでしょうか?

政府からの補助が減少しているのは、公財政の逼迫により先進国共通の現象です。こうした状況のなかで、海外の有力な大学では基金を活用して、国際化のための施設設備や奨学金の充実を行っている場合が多いのです。アメリカでは、ハーバード大学の基金は約3.5兆円で、イェール、スタンフォード、テキサス、プリンストン、MITの各大学の基金も1兆円を超えています。東京大学の総資産は約1.3兆円ですから資産ではひけを取らないと言えるかもしれません。しかし、資産の内容には大きな差があります。アメリカの大学では、運用できる基金が多く、そこから収益をあげているのに対して、東京大学の資産はほとんど土地で基金はきわめて少ないのです。法人化前には基金はありませんでした。法人化後には、東京大学でも基金を創設しましたが、この基金を活用して、国際化などの施設整備や奨学金のためにあてることができる収益を生み出すことが求められています。

基金を増やすためには、基金の運用と並んで、寄附募集戦略が重要であることは言うまでもありません。アメリカの各大学ではそのためのスタッフも多いですし、理事会や学長の最大の役割の一つは寄附集めです。これに対して、東京大学の基金は、これからようやく130周年にむけて130億円を目標に始動したところです。

私の属する大学総合教育研究センターでは、「大学の財務基盤強化のための研究」プロジェクトを野村證券と実施していますが、アメリカの大学の実態をみますと、企業などからの大口の寄附ばかりでなく、同窓生の小口の寄附を多数集めることが重要であることがわかます。そのためには、単に130周年だからというのではなく、寄附が何に使われるか明確にすることもきわめて重要です。私たちは、今後もこうしたアメリカの大学の実態を調査報告していく予定です。

2008年1月16日 (水)

Q.世界大学ランキングの視点から、大学の国際化は重要でしょうか?

最近ロンドン・タイムズ高等教育版(Times Higher Education Supplement)やニューズウィークあるいは上海交通大学などから世界大学総合ランキングが相次いで発表され、話題を集めています。こうしたランキングは上記の疑問に答えるという意義を持っています。ランキングの特徴は、第何位と明確に順序づけする点にあります。しかし、これらはいずれも研究や教育の複数の指標の加重平均をもとに順位づけしています。りんごの評価得点とミカンの評価得点を足して、果物の総合順位をつけることは意味があるのでしょうか。こうしたランキングの問題点については、大学総合教育研究センター「世界大学ランキングの比較」(ものぐらふ7)を参照してください。

しかし、単に大学総合ランキングの問題点を指摘するだけでは生産的ではありません。大学ランキングは、大学外の社会が大学をどのように評価しているかをみるひとつのものさしでもあります。タイムズ総合ランキングは、留学生比率や外国人研究者比率など、国際化指標を重視しています。そして、この指標では東京大学の順位はきわめて低いのです。2006年度の大学総合ランキングでは、東京大学は第19位ですが、留学生比率では62位、外国人研究者比率では55位ときわめて低くなっています。もちろん、この指標にも批判はあります。上位を占めるのは、ヨーロッパの比較的小規模の大学が多くなっています。東京大学に関しても、留学生比率は実際の数字よりかなり低く算出されています。

それにしても、東京大学が国際化に関してはまだまだやるべきことが多いことをこの指標は物語っています。もちろん、国際化を大学の目標としないのなら話は別ですが、国際化の視点から見てみると、海外の研究者の受け入れのためのゲストハウス、留学生宿舎、奨学金、職員など、課題は山積しています。しかし、現在のように国からの運営費交付金が毎年1パーセントずつ減額されている状況では、こうした施設設備や奨学金などの制度を充実していくのは容易ではありません。

Q.世界の大学の中で東京大学はどのような位置を占めているのでしょうか?

世界の大学のなかで東京大学はどのような位置を占めているのか。この問いに答えるのは実はきわめて難しいですね。専門領域によっても異なりますし。たとえば、論文データベースを作成しているトムソンISIによれば、最近11年間の学術論文の被引用総数で東大の物理は世界の研究機関の中で第2位、化学は第4位,生物、生化学は、第5位で、22分野の合計では、東大は世界13位でした。

これらは、英語論文に限られていることを思えば、東大は十分健闘していると言えるかもしれません。しかし、人文社会科学では比較は容易ではありません。さらに、これらは研究面の比較に過ぎないのです。大学のもう一つの使命である教育については、比較するのはさらに困難です。そもそも比較することができるのかという疑問もぬぐいきれません。これらを「総合」して、大学としてみた比較はさらに難しいです。こうしてみると、世界の大学のなかで東京大学はどのような位置を占めているのかという問いに答えるのは容易ではないということの意味はわかっていただけると思います。

プロフィール

030728_61976年教育学部卒、1981年教育学研究科博士課程単位取得済み退学。2007年4月より現職。博士(教育学)。著書 『教育の政治経済学』、『世界の教育』、『学生援助制度の日米比較』(いずれも共著)など。東京大学大学総合教育研究センター教授

2008年1月 7日 (月)

効率重視・近視眼的な発想は不要 大切なのは「未知の世界への好奇心」

半導体物理学の長い歴史の中では、固体中にあたかも1個の電子が存在するかのような仮定の中で、いかに波動をコントロールするかといった研究がされてきました。しかし、もともと電子は内部自由度を持つ系ですから、多数の電子が示す多様性に関心が向くのは、科学技術の必然ともいえるでしょう。「強相関効果という、新しい原理に基づいた科学技術を創ろう」。そう意欲を燃やしている人も、私の他にもたくさんいます。

Photo_24それにも関わらず、私たち人類は、その中のごくわずかな効果しか利用できていません。もちろん、理論上では可能なこともたくさんあります。しかし、そう簡単に解明することも、実用化することもできません。そのために世界中の研究者たちは、知恵をしぼり、日々研究を重ねているわけです。

血税を使って研究する以上、成果に対する責任は常に感じています。しかし残念ながら、常に成功するとは限りません。長年の勘のようなものが働いて、どんなに自信を持ってやった研究だとしても、最終的にはやってみないとわからない世界です。もし失敗したとしても、その結果を次に活かすべく、好奇心を持って常に挑戦し続けるのが研究者のあるべき姿だと思います。

無限の可能性を探るためには、常識の範囲を超えるような発想や着眼点もバカにできません。研究者同士が活発に議論し、会話を楽しめるような、多少の「遊び」は必要だと思います。あとは、過去の論文を読んだりすることでしょうね。昔に比べて今は研究スピードがかなり上がっていますが、効率重視・近視眼的な姿勢では、成果を出すのは難しいでしょう。

指導する学生たちにも、それと同じことが言えます。研究は、自らの意思や興味・好奇心などに導かれて行うものです。だかといって「放っておけば何とかなる」というのは、指導側の怠慢に過ぎません。長期的視点から個々人の興味・関心を探り、モチベーションを維持し、それを高めるようサポートすることが大切だと思っています。

複数の電子の動きを制御をする「強相関電子系」の魅力と可能性

当時の主な研究テーマは、半導体の光物性でした。半導体に光を当てたときの現象やその変化、半導体の物性変化などを調べることが中心です。私は自らの関心でどんどんテーマを広げていくタイプの人間で、その後は、ポリアセチレンのようなポリマーや有機化合物など、当時としてはフロンティア領域の研究を手がけるようになり、やがて「強相関電子系」や物性研究に取り組むようになりました。

一般的に電子とは、光や音と同じような一種の波動だと考えられています。しかし、例えば電子の量を膨大に増やしてみると、電子自身が持つマイナスの電荷によって、波動ではなくまるで粒子のような振る舞いを見せます。つまり、電子同士の動きが互いに制御され、自由に動けなくなってしまうのです。このような、電子同士が互いに強い相互関係を持つ電子集団を「強相関電子系」と呼んでいます。

強相関電子は、外部からの刺激によって制御することが可能です。例えば、磁場・電場や光はもちろん、電子数の増減によっても、相関の強弱は変化します。すると電子の性質も大きく変化。絶縁体から金属に変化したり、固体・液体、液晶化などの相転移が起こります。本当に一瞬で、劇的な物性変化が起こるんですよね。これが画期的な物性や機能の発見へつながっていくのです。

Photo_23   例えば強相関電子の集団を利用すると、磁場によって電気抵抗を1000分の1にまで激減させる「超巨大磁場抵抗」や、かなりの高温状態において、電気抵抗が消失する「高温超伝導」などの現象を引き起こすことができます。こういった現象は、新しいエレクトロニクスを生み出す新たな原理として、企業から大きな注目を集めています。

私が取り組んでいる一つに、電子のスピン構造に関する研究があります。磁石など、固体中の磁性を主に担っているのは電子のスピン。このスピンの方向や傾き、空間的配置を自由に操ることができれば、新たな磁気電子特性、磁気光学特性を発現させることが可能です。そこで、まずは理論的に設計された新たな物質を作り出し、それにさまざまな外部刺激に与え、その現象変化に関する研究を重ねています。結果次第では、超高速かつ大容量の次世代情報処理技術への応用・展開が可能になるでしょう。

また強相関電子は、熱を電気に変える熱電効果が高いと言われています。それがうまく証明され、実用化することができれば、効率よく空気を冷たくすることが可能なクーラーを製造できるかもしれません。コンプレッサーも不要、フロンも不要ですから、これほど便利なものはないでしょうね。

「人類を救うヒーローになりたい」。そして少年は、研究者を目指した

Photo_20 小学生の頃、伝記に出てくるようなヒーローに憧れていました。なかでも、研究者によるウイルスの発見によって、人類の命を救ったというような話に感動しましたね。未知の領域を開拓し、人類の発展のために貢献する。そのような研究者の姿が私にとって一番のヒーロー像でした。ですから「将来は立派な学者になりたい。学者といえば物理だ」と常に思っていました。

でも、大学に入って3年間はつまらなかったですね。自分の夢を叶えるには勉強しなきゃならない。でも、勉強は難しいしおもしろくない。しかも周りにいるのは、自分より優秀な人間ばかり。正直言って、研究者になるのは難しいかもしれないと思いました。ところが研究室に入った途端、勉強が楽しくなり始めたのです。

研究室に入ると、理論だけではなく実践が中心になります。自分が手を動かして、実際にいろいろな研究をしてみると、新しい発見に出合えるものなんですね。「この分野に関しては、ひょっとしたら世界中で、一番自分が詳しく知っているのではないか」。研究者なら誰しもが、そう思える瞬間があるはずです。

それは、非常に小さく狭い世界での話かもしれません。しかし、コツコツ一生懸命頑張れば、世紀の大発見をするチャンスもある。尊敬する先生方よりも先に、それを自分が手にするかもしれない。そのための手段と考えれば、勉強も苦になりません。どんなにつらくても、それを上回る楽しさが待っていると、私は実感することができたからです。

特に物理科学の世界は、社会の産業構造や人々の生活様式を、革命的に変えるようなことが起こりえます。レーザー、コンピュータ、半導体なども、根本原理はすべて物理の世界。基礎的な研究を重ねつつも、それが結果的に社会との大きな接点につながっていく。
それが、この学問の大きな魅力の一つだと私は思います。

プロフィール

Photo_191 976年3月 東京大学工学部物理工学科、1981年3月同大学大学院工学系研究科物理工学専攻 博士課程修了。東京大学工学部物理工学科助手、講師を経て、1986年同大学理学部物理学科の助教授に就任。1995年4月、東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻教授に就任。2001年4月からは、産業技術総合研究所 強相関電子技術研究センターのセンター長も務める。仁科記念賞、朝日賞など豊富な受賞歴があり、2003年には、一連の物性物理学研究の業績が評価され、紫綬褒章を受章。ノーベル賞候補に挙がるなど、物性物理の研究分野における世界的リーダーの1人。

母校としての愛着を持てるかどうか。重要なのは「教員と学生の信頼関係」

Photo_18 大学というのは、研究機関であると同時に、学生の「学び舎」です。「この大学で学べてよかった」「大学によって自分は育てられた」という卒業生を何人出せるのか。社会に出て失敗をしたとき、苦しんだとき、自然と「戻りたい」と思える場所であるかどうか。その実現に必要なのは、教員と学生の信頼関係だと思います。

もちろん、最も大切なのは学生の「学ぼう」とする意思です。しかし、学生の意欲を高められるかどうかは、教員の力量でもあります。「この先生から学びたい」「このおもしろい授業を受けないのは、自分がソンをする」。そう学生に思わせられるかどうか。自分の授業に誇りを持ち、研究の楽しさを学生に伝えられるよう、私を始め大学の教員は努力する必要があると思っています。

東京大学は日本の最高学府として、「真のエリート」を育成・輩出してきました。しかしどこかで「東京大学の学生は優秀だから、放っておいても問題ない」という甘えが、私たち教員の中にあったような気もします。学生に対する対応やケアが手薄だったのかもしれません。母校としての愛着が持てるような環境作りと教育内容を整えることも、今後の大学改革において重要な点の一つだと思います。

研究活動は一種の知的冒険。自らの意思で楽しむことが大切

細かな研究を続ければ続けるほど、さまざまな生物の複雑な現象に出合います。それは非常に微細で美しく、一種の芸術ともいえるものでしょう。役に立つかどうかではなく、それを純粋におもしろいと思える感性。それが、生物学者には必要です。それをきっかけにして、生物の持つ特殊性・普遍性を分子レベルで理解することが、結果的にヒトという生命体への新たな理解につながっていきます。 ですから、基礎研究というものは非常に重要なのです。

私は早くから自分なりのテーマに出合えた上に、結果を出すこともできました。しかし結果を出せるかどうかは、一種の運もありますし、研究分野にもよるでしょう。ですから、最終的に結果は関係ないと思います。次世代に受け継がれ、そこに少しでも寄与でき、基礎事実を築くことができるならば十分という考え方もあると思います。

Photo_17 先端かつ最新の研究テーマを追うことも、悪いことではありません。しかし私はそれを本物の科学とは思いません。研究活動は、一種の知的冒険です。根源的なことに興味を持ち、自分のアイディアや感性を最大限に発揮しながら、世の中を見ていくこと。最新の技術・情報を駆使しながら、何を解決すべきかを自らの頭で考えること。それが真の科学者の姿です。自分で夢を持って、楽しく研究することが必要だと思います。その楽しさを、次の世代に伝えたいと思っています。